2018

2017年、今年は色々準備期間に当てた一年となりました。

 

2018年、いよいよ今年準備したものを連発で動かして形にして行く一年にしたいです。

与えられたものがすべて。

与えられたものがすべて。

 

僕は今までずっとそう信じてきた。

後輩たちにもそう伝えてきた。

 

与えられた状況の中でやるしかない、と。

 

でもここにきて揺らいでいる。

 

与えられた状況から、殻をぶち破って、自ら何かをつかみとる方がもっと自由でもっと強くなれるんじゃないかと。

 

結局守りに入っていただけなのかな。

魔法のカケラ。

手の平サイズの小さな魔法のカケラ。

 

こいつは少し離れた場所にいる後輩や、芸能界のお知り合い、南半球の友達、いたる所からメッセージを運んでくれる。

 

知りたい事はなんだって教えてくれる。

 

知らないワード、見たい映画の予告動画、行ったことのない街の景色さえも。

 

携帯ってすごいですよね。

思いの旅に。

40。色々考えます。

このままでいいのか、でも行動起こすこともできず、歯がゆいし。

周りは皆どんどん進んでいくように感じます。

 

思いの旅に出ないと。

考えることが必要。そのために時間が必要。

 

誰も知りたくない一般人の日常を公開しまくってる場合ではないかもしれませんね。

 

人生80年と考えたら、もう折り返し地点。

 

来年は勝負の年にしないといけません。

その先どう生きていくかをしっかり決めた地盤を固めないといけません。

もう遅いくらいですが。

 

来年一年は何かを終わらせ、何かをスタートさせる一年にしないと!です。

 

外は嵐です。

でも出ないといけません。

思いの旅に。

灯り。

今日は朝から和歌山へ会議。

和歌山らしさ未体験のままとんぼ返り。

 

帰りに暗くなった中、車の窓の外には、マンションや街の灯りが。

 

僕の暮らす田舎にはなかなかない風景。

 

灯りを見ながら、色々考えてました。

 

ある灯りは家族団らんを照らし、ある灯りは仕事をしている誰かを照らし、ある灯りはケンカをしている誰かを照らし、ある灯りは…。

 

灯りの下には、それぞれの物語。

灯りの下には、それぞれの人生。

 

灯りを見ながら、色々考えてました。

たぶん。

Instagram と LINEのタイムライン の更新をやめようと思います。

 

Facebookにしぼろうかと思います。

 

ボクなりの引退です(笑)

電光石火。

今夜はなぜか、大学時代に福岡で見たライブ「電光石火」を思い出していました。「no doubt」好きだったな~、いや、今でも好きですね~。
僕が福岡にいた頃の四年間の想い出の後ろにはいつも二人の歌声があります。
親友との出逢い、何度目かの恋、真夜中に見ていた「めぞん一刻」、お金もなくやることもないワンルームの部屋でくすぶっていた音楽への想い。
今みたくスマホやパソコンもなく、外とは繋がってないあの頃。今思えば不便だけど、良かったですよね。
シーソーには僕と僕の好きなCDしか乗ってなかったですよ。
今は便利になりましたが、情報の多さと、その情報に知らず知らずのうちに乗せる少しの思いが積もり頭が重くなり痛くなるような気がします。
今夜はなぜか、大学時代に福岡で見たライブ「電光石火」を思い出していました。「no doubt」好きだったな~、いや、今でも好きです。